私は週に2回、お店で店番の仕事をさせてもらっているのですが・・・
接客って、時にとっても難しいなぁ~と思うことがあります。
きっとお仕事されてる方は、どんな職業でも似たような問題にぶつかると思うのですが・・・。
ある日、ガラガラ・・と扉が開いて、一人の初老の男性が入ってらっしゃいました。
一見ホームレス風・・・だって髪の毛は伸ばし放題、体臭もかなりのものでしたので・・・。
でもそれは何もお断りする理由にはなりません。
どのお客様にも同じように、笑顔で「どうぞ」とお迎えしました。
お店の中をぐるぐると歩かれて・・・・
でも、とっても丁寧な雰囲気・・・・よっぽどほかのお客様よりも上品な感じすら漂っています。
そのとき、ふと私の中である思いが浮かびました。
イエス様のことです。
もし、目の前にイエス様がいらしたら、私はどうするか・・・・
きっとドキドキして、何も言えず、でも目はきっと釘付けで、何かしてさしあげたい・・・お茶は?椅子は?
・・・そんなことを想像しつつ、ちょうど私も喉が渇いていたのでお茶を入れ、そのおじいさんにも「どうぞ」と出しました。
するととても嬉しそうに、「ありがとうございます。では、遠慮なくいただきますね」と座られました。
その後、臭いと戦いつつも・・・楽しいおしゃべりの時間がありました。
店番をしていて、初めて会った方とここまで楽しくおしゃべりしたのは初めてのことでした。
その人は奥多摩の山の中に住んでいて(ホームレスではありませんでした。失礼しました・滝汗)、
20歳の頃から油絵を描き続けているとのこと、毎年青梅の市立美術館でも個展を開かれているとこのこと。
早速お名前をいただきましたが、その達筆なこと!!
私は、私のバプテスマのきっかけとなったあることがあって以来、どんな人の中にもイエス様がいらっしゃると信じています。
ですから、一見苦手だなぁ~とか、何度会っても苦手だなぁ・・と思っても、
その人の中のイエス様と接することができるよう、祈っています。
「人をその外見で判断しちゃいけない」とは、私が子供の頃から言われていたこと、そして私がクリスチャンになる前から・・・長女が物心つくくらいから自分も子供たちに言い続けてきたことですが、
「どうして言ってはならないのか」については、クリスチャンになってからははっきり言えるようになりました。
それは、
「どの人も神様が愛されてるから」
昨日の日記同様、これもまた時に難しい課題です。
でも、チャレンジすることは楽しいですね。
どんなチャレンジも、その先には神様の最善が用意されていること、こんなに嬉しいことってありません。
目の前の人の中にイエス様を見る。
自分の感情は感情として横に置いといて、イエス様に向き合う気持ちでいられたら・・・そうありたいと思います。